人は交差点でしか、方向転換をしないものだ
食器の胸器の事を、英語でchina (チャイナ)と言う。では、漆器の事は何と言うか、ご存知だろうか?
答えは、japan (ジャパン)である。つまり、漆器とは日本を代表する文化である。恥ずかしながら、私は漆器作家のYA氏と知り合うまで、 それを知らなかった。
YA氏は、業界の中では、かなり有名な人物と推測されるのだが、会ってみると福井県の田舎者をウリにする、実に純朴で気さくな人物である。家業が漆器屋であったため、若い頃は反発を感じながらも、イヤイヤながら跡を継ぎ、やってゆくうち に、その魅力にはまってしまったのだという。しかし、今や全国各地の百貨店・小売店はおろか、東京の老舗百貨店や一流ホテル、流行最先端の都心の再開発のショッピングセンター街でも、YA氏の作品を取り扱うほどに成長を成し遂げている。女優さ んがリポーターになって、テレビの取材を受けた事もあるらしい。YA氏の作品のコ レクターは、日本全国に1000人を超えるらしい。
YA氏とは、まだ知り合って一年ほどで、私のお客様の中では比較的付き合いの浅 い方なのだが、会う度に強いインパクトを与えて来る人物だ。まだ知り合った当初か ら、まるで長年の親友のように、自分の心の動きや、その時考えている事、感じた事 を赤裸々と話してくれた。
インパクトの強さは、YA氏の作風にも非常によく表れている。通常、漆器といえ ば、黒色か朱色でツルリとした手触り、光沢があり傷が付き易くて高級なもの、とい うイメージではないだろうか。YA氏は、そのイメージを打ち砕いた。「たくさんの 人に毎日使ってもらいたい。もっと気軽に使ってもらうにはどうしたらいいだろう か?」と何年も悩み、試行錯誤の末、YA氏が辿り着いたコンセプトは「ストーンウ キッシュのジーンズ」。初めから色落ちして着古した風合いのジーパンのように、漆 器も初めから全体を傷だらけのような風合いにしてしまったのだ。丁寧に何回も重ね塗りをしながら最後に全体がヤスリで傷つけられているような仕上がりになっている 歌う、まるで斧で薪を割った切り口のような荒々しいカットの側面の模様、手にした
時の意外な重量感、口に触れた時のなめらかな触感。そこには、YA氏の優しい気配りと、熱い情熱と、研ぎ澄まされた感性と、生々しい魂の凝縮が感じられ、圧倒される。私は、決して漆器に造詣が深い訳ではないのだが、私みたいな素人が見ても、YA氏の作品が従来の漆器とはまったく異なる事が理解できるほど、個性的なのである。
素直で、まるで少年の心を持ったまま大人になったようなYA氏は、知り合った頃から自分のその時どうしたいかという方向性をストレートに話してきた。知り合ったばかりの約二年前はこう言っていた。
「僕は、この不景気は僕にとってはチャンスだと思っているんだ。景気がいい頃は、自分は何もしなくてもどんどん作品が売れていった。日本全国各地からたくさんの人が僕のところに作品を買い付けに来て、僕はただ作品を黙々と作っていればよかった。でも不景気になったらそうはいかない。いくら良い作品を作っても、黙って待っているだけでは、全然売れない。だから、今度は自分から仕掛けてゆく時だと思っているんだ。『こんな場所で作品を取り扱ってくれたらいいな』とか、『こんな風にユーザーに作品を紹介していったらいいんじゃないかな』と、いろいろ考えて、自分でアイデアをまとめて企画書を書き、取り扱ってくれたら面白くなるのでは?と思うところに、自ら営業に出向いて回っているんだ。ただ作品を見せるだけではなくて、アイディアをひねって提案型営業をしているんだ。だって、その方が楽しいじゃない?」
なるほど、ずいぶんポジティブな考えの方だなと、私は思った。
「こうやって、仕事が終わって、飲み屋に飲みに行くにも訳がある」と、YA氏は言った。YA氏は下戸と言ってもよいほど、実はほとんどお酒を飲めない。でも、わざわざお金を払って、飲み屋に飲みに行く。それはなぜか? YA氏は福井県の方だから、東京に上京する際には、3件4件の商談や展示会をまとめてスケジュールを組んでやって来る。複数の商談を終えて、もしそのままホテルに直行して休もうとしても、その日の商談をあれこれ反省したり、翌日の商談の事をあれこれ必要以上に心配したりして、結局ゆっくり眠れない。翌日は、例えばA社の商談をしている時、次のB社の商談が気になったり、前日のC社の商談を思い出したりして、集中力がなくなり、自分が思うような商談ができなかったりする。ところが、複数の商談を済ませて、少々疲れていても『WR』のような飲み屋に来て、仕事と全然関係ない女性たちと会話したり冗談を言って大笑いしたりしたら、その時点でバシッと気分転換ができて、翌日の商談が上手く行く。気分転換をすることが商談を成功させる秘訣だと言うのだ。
また、営業で訪れるそれぞれの地方に知り合いを作り、仕事で訪れたついでに「よっ、元気?」と顔を見せに行く、仕事以外の楽しみを作る、という事も、仕事が終わって飲み屋に飲みに行く理由らしい。
こんな風に、いつも心の内側を素直に語ってくれるYA氏だが、一番最近会った時、 YA氏に心境の変化が訪れていた。
YA氏の仕事は、驚くほどトントン拍子に運んでいた。思いつくすべての営業先は、 たとえ難関と思われるような一流と呼ばれるところであっても、YA氏の個性的な作 風と斬新なアイディアに感動し、共感し、納得して、受け入れられていった。YA氏 は、次々にお得意先を開拓する事に成功し続けた。順風満帆といったところである。
だが、そんな中でYA氏は考え込んだ。「待てよ。本当にこれでいいのだろうか? 俺のやりたい事は、本当にこういう事だったのだろうか?俺に、それほどの腕があ るのだろうか?」と、自問自答した。そして「もう一度、原点に戻って、漆器作家と して職人としての腕を磨きなおそうという結論に達した」というのだ。
その時、YA氏の口から出た言葉が、「人は、交差点でしか、方向転換をしないも のだ」。
アイディアを実現させ外へ外へと向いていた自分の心は、ひたすら前を向いて突っ 乗ってたしたれども、そろそろ過度期に差し掛かって来た事を、YA氏は感じ取って、 こう表現したのだろう。交差点というのは、人生の分かれ道を意味するものと思われ
「トントン拍子に物事が運んだ時、多くの人は図に乗ってしまうものではないだろう か。自分が偉くなった気になってしまい、横柄な態度をとる人もいるだろう。しかし、
YA氏はそんな時、もう度自分を振り返り、見つめ直す事を忘れなかった。
私は、YA氏の作った漆器(ジャパン)が、日本全国のみならず、世界中に日本の 文化の代表として羽ばたき浸透して行く目を、心から待ち望んでいる。